怪獣たち

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  • #592
    なかまくら
    参加者

     打ち上げ会場は、近くの公民館だった。映画の撮影に、エキストラで協力してくれた地域の方々のご厚意もあって、格安で貸してくれたのだ。
     出来合いのオードブルを、近くの仕出し屋に頼んでお酒も大量に買い込んだ。今日来るスタッフを労うのが、私のこの現場での最後の仕事だ。
     砂利の敷き詰められた公民館の駐車場に車を停めて、借りてきた鍵を鍵穴に差し込む。扉を開くと、い草のにおいがした。お座敷に丈の低い机を並べると、ちょうど、監督の相沢さんの奥さんが到着した。

    「あら、約束の時間遅れちゃったかしら?」そう言って、腕まくりをする相沢さんの奥さんに、私は首を横に振る。
    「いえ、ちょっと張り切りすぎちゃって」
    「いつも、ありがとうね。主人は、目の前のやりたいこと以外、全部疎かになっちゃうから。着替えだって、シャワーだって、食べることだって忘れちゃうことがあるくらいなんだから。信じられないでしょ?」
    「いえ、まあ・・・」
    「それに共感できちゃったら、終わりの始まりよ! ・・・でもまあ、だから、一緒にお仕事されているんでしょうけど」

    そんな他愛もない話をしながら、会場の準備は終了する。

    「まだ始まるまでには随分と時間があるわ。シャワー、浴びてきたら? 近くに銭湯があるそうよ」
    「いえ・・・」と言いつつ、私は強烈な睡魔が襲ってきているのを感じていた。昨夜は、まず、最終章ド頭のシーン。海面から上がってくる怪獣のシーンを撮影した。夕焼けを背景に撮影し、夜の更けた街を舞台に怪獣と人造機械との決戦シーン、そして朝焼けを背景に怪獣がとどめの一撃を放つシーン・・・とスタッフ一同、決死の撮影が敢行された。その撮影の果てに、誰もかれもが、カフェイン塗れになりながら、得られた映像に獰猛な雄たけびを上げ、そして、撮影は終了したのだ。もちろん、怪獣の着ぐるみのアクターも、雄たけびを上げていた。

    「相沢さん」
    「なんですか?」
    「すみませんが、隣の部屋で仮眠をとらせていただきます。皆さんがきたら、起きますので」
    「分かりました。会が終わるまで、よろしくお願いしますね」
    「はい」

     隣の部屋は、台所になっていて、そこに、車から寝袋を持ってきて、敷いた。昔懐かしい雰囲気の引き戸の戸棚にはいつの日にか綺麗にして、そのまましまったままになっている食器たちが眠っている。例えば怪獣が来たら、こうだ。その食器たちは、怪獣の来襲を知らせるように、お互いに震えあい、身を寄せ合う。足音は聞こえない。ただ、食器がカタカタと震えるのだ。それから、私にも聞こえる足音が低く、伝わってくるようになる。そして、咆哮。

     気が付けば、日が傾いて、台所は薄暗くなっていた。曇りガラスの戸をそっと開けると、スタッフの方々が思い思いの場所に座っていた。どうやらいつの間にか乾杯も済んで、すっかり出来上がってしまっているらしかった。

    「監督が作ると結局、また怪獣が町を破壊しちゃうんだよなあ」これは助監督。
    「いいの! 怪獣映画は神話なんだと、ぼくは思うんだよね。だから、怪獣は人間の道理で人間が戦おうとしている限りは決して敵わないと思うんだ。」

    「で、監督は怪獣の伝道者ってわけだ」これはカメラマンさん。

    「怪獣の魅力を人類に思い知らせる!」これは怪獣の中の人。

    「怪獣映画はさ、見て分かりやすく! だけど、どこかホッとするようなものにしたいんだよね」

    「怪獣映画でホッとする?」助監督が、またまた~、と、お酒を監督の空のグラスに注ぐ。

    「うん。怪獣は、最後は倒される運命にあるのかもしれない。それはきっと、人間が作る怪獣だからなんだ。でも、そうじゃない。ぼくたちの中にだって、怪獣は潜んでいる。その怪獣は、そんな風には割り切れない。誰かに対する憎しみだったり、妬みだったり、自分のコントロールできない、見たくない部分の種を持っている。それはもしかしたら、すべての生命体が持っている、滅びの種みたいなものかもしれない。」

    監督は、お酒をグイっと飲み干す。

    「その滅びの種がさ、映画の向こうで暴れてさ、街を壊すわけ」
    「今回も気持ちよく壊してくれましたからね!」これは特殊効果の爆薬担当。
    「そうそう。派手にね! そうすると、怪獣も少しは溜飲が下がるのかもね。仲間の怪獣が代わりに怒ってくれたって。・・・最近、奄美大島でマングースが根絶されたんだって。」

    「へえ。あれ、ハブとマングースを戦わせるために、マングースを連れてきたんでしたっけ」これは脚本協力の作家さん。
    「うん。でも、マングースはハブとは戦わなかった。代わりに、島の固有種を食べてどんどん繁殖したんだ。」

    「そうだったんですね。人間の都合で連れてこられて、それで、今度は人間の都合で処分される」作家さんはあごひげを撫でて話を飲み込もうとしている。

    「それで、思ったんだ。誰が人間で、誰がハブで、誰がマングースなんだろうって」

    監督は、さらに盛り付けてあった唐揚げを豪快にほおばる。咀嚼を繰り返し、それから、ビールを流し込む。

    「怪獣はマングースなんだろうか、ハブなんだろうか。人間の都合で作られて、人間の都合で都合よく退治される。違うね。怪獣は神話なんだ。ぼくたち人間こそがマングースかもしれない。怪獣が人間の役で、怪獣が連れてきたマングース役の人間が、ハブと戦わないから、もういいよって、愛想をつかされそうになっている。ぼくたちの心の中の怪獣が、あちこちで姿を現そうとしている・・・」

    「もはや、ヤマタノオロチのごとく、酒に酔った我々には少々、刺激が強すぎるようですな」これはプロデューサーさん。

    「あ、こっちだよ! こっちこっち!」

    戸の向こうの明るい世界から、監督がわたしを呼んでいた。

    「あ、すみません! 私、すっかり! うっかり! してしまって!」
    「いいのいいの。準備、万端だったから、もう、いい感じに始めちゃったよ! ありがとね」

    そう言って、監督は、お皿に取り分けたミートソースを頬張った。

    お座敷のあっちもこっちも、いくつもの集まりができていて、どこもかしこも、少年たちのように目を輝かせていた。それは眩しくて、それが怪獣たちの輝きだとしても、・・・いや、だからこそ居心地が良かった。

    #593
    なかまくら
    参加者

    怪獣ブームが到来しています。

    #594
    茶屋
    参加者

    怪獣は己の中にあるからこそ……化け物は人と戦いますが、怪獣はいつだってヒーローと戦います。
    彼等はどこかコミカルで、シュールで、恐ろしく、愛らしい。

    もし怪獣が人の手を離れた時、人はヒーローに慣れるのか、そんなことを感じました。

    #595
    なかまくら
    参加者

    >茶屋さん
    感想ありがとうございます。たしかにそうです。
    怪獣はヒーローと戦うんですよね。そういう役回りなのかも。
    それは、ありがたいことなのかもしれませんね。正義感の裏と表なのかもしれません。
    怪獣も大切にしたいものです。

    #596
    tosiniyama
    参加者

    怪獣小説。そういうジャンルがあるかは微妙ですが。怪獣がテーマとなる事で。舞台に妙な空気感が出ます。たとえ数人で思念的なディスカッションだけしているような。かつ超短編小説でも何やら異界での事のように見えて来ます。そういう意味では怪獣小説。やっぱり秘境小説の仲間なのでしょう。またひとつ素敵な秘境をみせてくださりありがとうございます。

    • この返信は1ヶ月、 3週前にtosiniyamaが編集しました。
    #598
    なかまくら
    参加者

    >tosiniyamaさん
    感想ありがとうございます。
    なんとなく独特の空気感がありますよね、分かります。これが何なのか、いろいろと書いていると、炙り出されてくるのかもしれないと、あれやこれや考えているところがあるように思います。我々の原風景の中に、怪獣はいるのかもしれません。

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