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  • #539
    なかまくら
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     ある日、よくわからない爺さんの声が、頭の中に湧いてきた。

    「おーーーい」

     そのときは丁度、五輪の真っ最中で、スマートフォンでライブ中継された五色朔也(ごしきさくや)のスケートボードのプレイに魅了されていた。だから、場違いで、素っ頓狂な呼びかけに、腰を抜かすかと思った。

    「なんだよ、誰だよ! 今いいところなんだ!」
    「そうやって無視を決め込むでない! 年配者のいうことは聞いとくもんだぞ!」

     イヤホンを強くねじ込み、集中しようとするが、本当に内側から湧いているようで遮断できない。

     周りの仲間にも、どうやら同じことが起こっているようで、駅前の広場には、随分と挙動不審な若者たちが竦んでいた。

     スマートフォンの画面の向こうでは、五色朔也の何物にも縛られない自由なターンが決まり、次々と審査員(ジャッジ)の高得点の札が上がっていく。一方、こちらでは、よくわからない爺さんの声が鳴り響いていた。

    「まあ、慌てなさんな」
    「慌ててはないな。不快なんだよ。頭の中から声がして、気色悪い」
    「これから長い付き合いになる。慣れが必要だからな、互いにな。あ、儂は源六・・・」

    そう言って、勝手にしゃべり始めた源六は、Gプロジェクトという怪しげなNPO法人に所属しているらしい。主な活動は、日本の未来を憂うこと。そして、現状を打開していく方法を発明すること。

    「それを・・・発明・・・? しようとした結果がこれってことか? 電波みたいなのを飛ばしているわけだ!」
    「いんや」 源六は否定する。
    「これはもっと、融合(フュージョン)に近い。私の精神は肉体から離れ、いま、この肉体の中に降り立っている。すなわち、逆イタコ的な感じじゃな」

    どうやら、思ったよりもやばいことになっているらしい。

    「つまり、悪霊に憑りつかれている・・・という認識で良いわけか」

    周りの仲間たちはそれぞれで、対話を試みるもの、怒りを爆発させているもの、恐怖に竦んでいるもの、家に帰るもの、無視を決め込むもの。

    「誰が悪霊じゃ!」 源六の憤りを感じる。いやいや、憤りたいのはこっちだ。
    「むしろお前たちは、その、青春という悪霊に憑りつかれている。今は勉強をせい! それから、スポーツに勤しんで、協調性や組織の中での立ち居振る舞いを学べい!」
    そう言って、源六は、スケートボードをペチペチと叩いた。
    「こんなもんに、現(うつつ)を抜かしおってからに・・・!」

     その言葉に俺は、我慢がならなかった。親は見て見ぬふりをしていた。未成年だから、成人するまでは、高校にはいく。それくらいの賢さはある。でも、夜は自由だ。誰かに縛られるのなんて、まっぴらだった。大人には夢や希望を感じなかった。ネクタイを締めて電車に乗り、夜になればふらふらと家を目指す。或いは油に塗(まみ)れて機械が綺麗な製品を作るのを手伝い、そして帰宅すれば泥のように寝る。
     だがどうだろう、スケートボードは夢がある。この板一枚で、俺だって、五色朔也のように・・・。だから、この爺さんの言葉にはカチンときた。

    「黙ってろよ、爺さん。あんたはあんたの青春があったはずだ。引っ込んでろよ! あんたの時代じゃない!」
    「・・・・・・」 源六は黙った。
    「チッ」 いなくなったわけではない。潜んでいるのがわかった。俺は、スケートボードを走らせた。余分を身体から絞り出すように汗をかいて、無心にトリックを練習し続けた。

     それはしばらく続くことになる。自分なのに、居心地が悪い感じがして、イライラした。イライラの原因は、例えば、街角でガムを吐き捨てるとき。飲み終わったドリンクのカップに吸いさしを押し付けて、置き捨てるとき。仲間との秘密の練習場所でチームのマークを打ちっぱなしのコンクリートの壁にペイントするとき。

     それは、今まで普通だった。自由に生きるための第一歩だと思っていた。だが、どうしたことか、それが、自由に生きることを阻もうというのか。爺さんは何も言わない。出てこられないのか、出ていけないのか。

     あるとき、秘密の練習場所には、先客がいた。知らない顔だった。大人たちだった。やばい感じがして、逃げようとしたが、遅かった。

    「おい、てめえ、何見てんだ!」 首元に目玉のぎょろりとした刺青が入った大男がこちらに歩いてくる。
    「見てないっス! 何も・・・俺はただ・・・!」
    「ただ・・・なんだ!? おい!?」 間合いは一瞬で詰められ、逃げられなかった。
    「すいません・・・勘弁してください・・・」
    「どうしますか、兄貴。こいつ・・・」
    「おう・・・、そうだな・・・」

     倉庫に閉じ込められた俺は、混乱する頭をフル回転させる。未成年だからといって、命が守られるものではなかった。子分になって下働きでもなんでもさせてもらえばいいのか。こういう縁は、一生切れないって、TVで見たことが浮かび上がってくる。TVなんてもう、ずっと見てないのだが。高い場所にある窓から、朝が来て、もうすぐまた夜が来ることがわかる。このまま閉じ込められて、連絡がなければ、流石に親が警察に連絡するだろうか・・・。いいや、数日留守にすることぐらい、ざらにやってるから、いつものやつだと思われるだろう。では、誰が・・・。

    「あいつらがなんかしてくれるだろ・・・」 スケボー仲間の顔が次々と浮かんだ。
    「あいつらが・・・。あいつらは無事なのか・・・?」 次々と浮かんでは消えていく。賢いやつもいる。バカばっかりするやつもいる。その場で殺されてたりとかは・・・。

    「流石にそれはないか。日本っしょ、ここ」

    「失礼させてもらっても良いか?」 声がした。頭の中に湧いてくるあの声だった。

    「日本を良くしようと思って、儂らは頑張った。その、最後の頑張りがこれだった。若者から変えていかねば、ならん。そう思った。だが、若者が若者でなければ、若者という存在自体が消えてしまう・・・。それは、決して、良いことではないのだな。儂はあんたの中で、あんたを見てて、よーくわかった。勉強ができればいいってもんじゃない。ガッツがあればいいってもんでもない。仲間思いならいいってものでもない。それを生み出す何か心のパワーの源があって、それを若者は育ててる。それは、他人には分からん・・・。自分の居心地のいい、自分を、自分の心や身体と押し合いへし合いしながら、作っていくしかないんだな」

    「・・・爺さん、いたのかよ」

    こんな状況でなければ、悪態をついていた。でも、誰かが見ている、ということが今だけは、イライラに結びつかなかった。

    「あんた、歳食ってんだろ、なんか知恵袋みたいなの、ないのかよ」

    「一つだけ、方法がある!」

    「あんのかよ!」

     積み上げられた砂。ここに閉じ込められたときに一緒に放り投げられたスケートボードが手元にはあった。

     ひとつ大きく息を吸った。爺さんは去った。元の肉体に戻って、助けを呼んでくれるという。魂の強度の問題で、二度は入れないのだという。つまり、もう、会うことはない。

    「清々したな・・・」

    誰に見張られながら、生きるのなんてまっぴらだと思った。

    「さて、と」 

    だが、いま、この技を誰も見ていないのは、少し残念だった。土の路面を窓の反対側の端まで歩いて登る。蹴りだして、スピードに乗る。何度も練習した技だった。飛び上がる。空中で時間が静止したように、自由に動けた。

    窓に手がかかった。

    #540
    なかまくら
    参加者

    街で見かけるあれやこれやを散りばめてみました。

    #541
    けにお王
    キーマスター

    なかなか良いですねー

    パワーの源、原動力。コレが若さってものかも知れませんねー。

    言われてみると、そんなパワーがあまり無くなっている気がする。しかしオジサンにはオジサンのパワーがあるはず!

    頑張ろー!

    #542
    なかまくら
    参加者

    >けにおさん
    感想ありがとうございます。我武者羅なパワーってやつが、昔はあった気がするのですが、すっかり失われ・・・ないように、パワーアップを続けないといけないですね!
    頑張りましょう!笑

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